横浜市の 山中竹春 前市長は、市政でAIを活用したと言われています。「自治体でAIを活用する」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
職員がChatGPTのような生成AIを使って文章を作る。会議録をAIで要約する。問い合わせにAIチャットボットが答える――。
もちろん、こうした業務効率化も大切です。
横浜市では、さらに踏み込んだAI活用を進めているようで、その取り組みをブログにまとめてみました。
「AIを徹底活用し、市民の声を政策に反映」

2025年の横浜市長選挙で、山中竹春氏は選挙公報に、
「AIを徹底活用し、市民の声を政策に反映!」
と掲げていました。
この言葉だけを見ると、「これからAIを導入する」という公約のようにも見えます。
しかし調べてみると、山中市政ではそれ以前から、市民参加や行政課題の解決にデジタルを活用する仕組みが段階的に作られていました。
その代表例が、「Surfvote」と「YOKOHAMA Hack!」です。
この2つは似たようなデジタル施策に見えますが、役割はまったく違います。
市民の声をデジタルで集める「Surfvote」
まず、市民側から行政へ声を届ける仕組みが「Surfvote(サーフボート)」です。
横浜市は2024年、全市民を対象とした意見募集にSurfvoteを導入しました。

目的は明確です。
横浜市は、
地域のニーズや課題を把握し、市の施策の参考にする
ためのデジタルプラットフォームと位置付けています。
実際の画面を見ると、とてもシンプルです。
横浜市の18区が並び、
「青葉区に関するご意見・アイデアをお寄せください」
「港北区に関するご意見・アイデアをお寄せください」
といった入口が用意されています。
2026年度の募集でも、市民に対して、
「こんなまちになったらいいな」
「こんなことができたらいいな」
という意見やアイデアを求めています。
これは従来型の行政アンケートとは少し発想が違います。
行政が「A・B・Cのどれが重要ですか?」と選択肢を用意するだけではなく、市民自身が地域について感じていることを自由に行政へ届けられる場をつくっているからです。
横浜市の発表によれば、2025年度は522人から1,122件、2026年度は535人から976件の意見・アイデアが寄せられました。
参加人数だけを見れば370万人を超える横浜市民のごく一部です。したがって、これだけで「市民全体の意見」を代表するものではありません。
それでも重要なのは、行政が市民の声をデータとして継続的に蓄積できる入口を作ったことだと思います。
さらに2026年度からは、区によって特に意見を求めたい項目がある場合、投稿ボタンを項目別に分ける改善も行われています。
デジタル広聴を一度作って終わりではなく、使いながら改善していることも注目できます。
市役所の課題を外に開く「YOKOHAMA Hack!」
もう一つが「YOKOHAMA Hack!」です。

こちらはSurfvoteとは逆方向です。
横浜市はYOKOHAMA Hack!を、
行政の業務やサービスにおける課題・ニーズと、それを解決する民間企業等のデジタル技術・シーズをマッチングするオープンなプラットフォーム
として運営しています。
つまり、
Surfvote
市民 → 行政
「こんなことで困っています」「こんな街にしてほしい」
に対して、
YOKOHAMA Hack!
行政 → 企業・大学など
「市役所にはこんな課題があります。解決できる技術はありませんか?」
という仕組みなのです。
私は、この発想がとても重要だと思います。
行政には、どうしても「役所の中で解決方法まで考えてから発注する」という発想があります。
しかし、デジタルやAIの世界は変化が速い。
行政職員が世の中に存在するすべての技術を把握して、最適な仕様書を書くことは現実的ではありません。
それなら、
「私たちには、こういう課題があります」
と課題そのものを公開し、
「解決できる技術やアイデアを持っている企業はいませんか?」
と民間に呼び掛ける。
YOKOHAMA Hack!は、そのための仕組みです。
例えば「交通量調査」をデジタル化する
実際にどんなことが行われているのでしょうか。
分かりやすいのが「交通量調査のICT化」です。
道路脇で調査員が座り、自動車が通過するたびにカウンターを押している光景を見たことがある方もいるでしょう。
横浜市でも従来、人による観測を行っていました。
しかし、人手不足に加え、集計作業も膨大です。
そこでYOKOHAMA Hack!を通じて民間企業と実証実験を実施。
LiDAR、カメラ映像のAI解析、ドライブレコーダーから得られるGPSデータなどを使い、方向別・車種別の交通量を測定しました。
しかも単に人間の作業をAIに置き換えるだけではありません。
車両速度や走行軌跡などから、交差点の危険要因や渋滞要因など、従来の人手調査では得にくかったデータまで取得・分析する実証が行われました。

画像:「YOKOHAMA Hack!」における交通量調査のICT化の取組について~交通量調査のICT化の実証実験結果
これは「DX=職員の仕事を楽にする」というだけではない好例です。
デジタル化することで、これまで取れなかったデータを政策形成に利用できるようになるからです。
子どもの見守り、防犯灯、市民活動、学校給食にも
YOKOHAMA Hack!の対象は交通だけではありません。
これまでに、
- 保育所等におけるICTを活用した子どもの見守り
- 防犯灯の維持管理
- 市民活動・ボランティア情報のデジタル化
- 交通量調査のICT化
- 中学校給食の献立作成業務のDX
など、非常に具体的な行政課題について民間企業との実証が行われています。
例えば市民活動情報のデジタル化では、キヤノンマーケティングジャパンと連携し、市民活動情報を市民の手元に届ける仕組みや、短時間から参加できる「スキマボランティア」の実証を行いました。
また中学校給食では、複雑な献立作成にデジタル技術を導入し、栄養士の業務時間を効率化できるかを検証しています。
行政のDXというと巨大な基幹システムを想像しがちですが、現場が抱えている具体的な困りごとを一つずつ外に開き、民間の技術と結び付ける。
YOKOHAMA Hack!の面白さは、そこにあります。
SurfvoteとYOKOHAMA Hack!を並べると見えてくるもの
この2つを並べると、横浜市が進めてきたデジタル活用の構造が分かりやすくなります。

Surfvoteは 課題を発見する入口
YOKOHAMA Hack!は 解決方法を外から取り込む入口
もちろん、横浜市がすべてのSurfvote投稿をYOKOHAMA Hack!案件に直結させているわけではありません。
しかし、自治体経営の仕組みとして両者を捉えると、
市民の声を集める → 課題を見つける → 解決策を広く求める → 試してみる → 政策にする
という循環を作る可能性が見えてきます。
そして次の段階が「AIで市民の声を分析する」
ここで冒頭の、
「AIを徹底活用し、市民の声を政策に反映!」
につながってきます。
横浜市は現在、市民の声を集め、AIで分析するブロードリスニングに取り組んでいます。
単に生成AIに、
「この1,000件の意見を要約してください」
と頼むような話ではありません。
横浜市が示している構想では、
市民の声の傾向
声と声の関連性
市民意識の経年変化
政策実施前後の反応の変化
区ごとの違い
などを分析・可視化し、市民ニーズを複層的に把握して政策立案に生かすことを目指しています。
ここで重要になるのが、Surfvoteのような取り組みです。
紙のアンケートや窓口への要望としてバラバラに存在していた「市民の声」を、デジタルで集める。
蓄積された声をAIで分析する。
そして政策形成につなげる。
デジタルで「聞く」仕組みを作ったからこそ、その次にAIで「読み解く」という展開が可能になる。
私は横浜市の取り組みを、このように見ると非常に分かりやすいと思います。
AIは「役所の仕事を楽にする道具」だけではない
自治体がAIを導入すると聞くと、どうしても「職員を何人減らせるのか」「何時間効率化できるのか」という話になりがちです。
もちろん、それも必要です。
しかし私は、AI活用をそれだけに限定する必要はないと思っています。
住民の声をもっと聞くために使う。
行政が気付かなかった課題を発見するために使う。
地域による違いを把握するために使う。
民間の新しい技術と行政課題を結び付けるために使う。
AI・デジタルは、行政内部の効率化だけでなく、自治体と住民との関係そのものを変える道具にもなり得ます。
では、大田区なら何ができるか
大田区にも、すでに大量の「区民の声」があります。
区民の声、パブリックコメント、区政に関するアンケート、各部局に寄せられる要望、地域での意見交換――。
しかし、それらが部署や制度をまたいで十分に分析され、政策形成につながっているでしょうか。
例えば、大田区でも、
「蒲田では何が課題になっているのか」
「大森と田園調布では区民の関心にどんな違いがあるのか」
「子育て世代から最近増えている意見は何か」
「高齢者から寄せられる困りごとは数年前からどう変化したのか」
といったことを、区民の声から横断的に分析できる可能性があります。
そして大田区には、もう一つ大きな強みがあります。
町工場をはじめとする製造業、IT企業、スタートアップ、大学、羽田空港とその関連企業など、多様な民間の力が集積しています。
行政が、
「この問題を解決するシステムを、この仕様で作ってください」
と最初から答えまで決めるのではなく、
「大田区には、こんな行政課題があります。皆さんならどう解決しますか?」
と問い掛ける。
大田区版YOKOHAMA Hack!のような仕組みがあってもよいと思います。
そして、
区民の声をデジタルで集める
↓
AIで課題を発見・分析する
↓
解決すべき行政課題を公開する
↓
企業・大学・地域団体などから解決策を募る
↓
まず小さく実証する
↓
効果があれば本格的な政策にする
という循環を作る。
私は、こうした自治体経営にAIとデジタルを活用していきたいと考えています。
目的は、AIを導入することではありません。
区民の声をもっと聞く。
行政をもっと外に開く。
そして、より良い政策につなげる。
そのための道具としてAIを使う。
横浜市のSurfvoteとYOKOHAMA Hack!の取り組みは、大田区のこれからを考えるうえでも、参考になる事例だと思いました。

