1976年3月、大阪府寝屋川市に生まれた。関西で育ち、洛南高校(京都)へ進学。全国屈指の進学校で過ごした高校時代、岡は「法律で社会を変えられる」という確信を持ち始めた。
1999年、東京大学法学部を卒業。法律と制度設計への関心は、のちに政治家として「議会でルールを変える」という信念へとつながっていく。
「法律は人を守るためにある。それが機能しないなら、変えなければならない。」
— 岡高志
大学卒業後、信託銀行に入行。最初の配属先は蒲田支店だった。毎日、地元の中小企業の社長さんたちと話し、工場を訪ね、地域に根づく人々の生き様を間近で見た。
「大田区の中小企業の社長さんや奥様方に、社会人として鍛えていただいた」と岡は語る。この経験が、彼を「大田区の人間」にした。石川町に家を購入し、根を張ることを決めた。
その後、証券会社・投資会社に移り、企業再生や不動産投資に12年間従事。金融の世界で見た「日本のビジネスを阻害する制度の旧弊」が、政治への転身を促す伏線となった。
転身の動機:12年間の金融業務で痛感したのは、「現場では誰もが困っているのに、制度が変わらない」という現実だった。「変えたいなら、変える立場に立つしかない。」そう決意した。
2011年、3人の子どもを育てる父親として、「生活する地域から変えていこう」と決意し大田区議会議員選挙に初挑戦、当選。2015年に再選し、2期8年を務めた。
岡が誇る記録がある。在職中の全ての議会(32回)で一般質問を行った、唯一の議員だ。「議会に出るのは当たり前。黙っているのは仕事をしていないのと同じ」という信念の表れだった。
2013年
マニフェスト大賞 受賞
公共施設長期整備計画への提言で「優秀政策提言賞」を受賞。財政課題への鋭い切り込みが評価された。
2018年
防災委員長に就任
防災安全対策特別委員会委員長として大田区の防災対策を主導。台風・豪雨対策を牽引した。
議会追及
蒲蒲線問題を暴く
現職区長の説明が「詭弁」だとして情報公開請求を連発。黒塗り資料との戦いは在職中から続いた。
専門知識
大学院で都市工学修了
2020年、議員引退後に東京大学 大学院(都市工学専攻)を修了。都市計画審議会の審議プロセスを研究。
2019年、議員任期を終えた岡は大田区長選挙へ挑んだ。56,778票——次点。惜しくも届かなかった。
その後も諦めなかった。2023年、再び区長選へ。今度も次点。延べ12万票以上の区民が「岡高志」に一票を投じた。
「勝てなかった。でも、12万人が私に票を入れてくれた。その人たちの声に応えることが、私が政治を続ける理由です。」
— 2023年 大田区長選挙・落選後のコメント
落選後も、岡は区民の相談を続けた。行政書士・社会福祉士として、法律の問題、生活の問題、中小企業の悩み。「在野の知恵袋」として、現場に立ち続けた。
2025年、岡高志は地域政党「心党大田」を設立し、党首に就任した。「心の通う政治」を旗印に、大田区の政治を根本から変えようという挑戦が、新たなフェーズに入った。
毎週火曜夜9時の「岡ちゃんライブ」(YouTube)で区政の問題を発信し続け、街宣・陳情・情報公開請求を組み合わせた「在野の監視」を続けている。2027年の大田区長選に向けて、候補者公募も開始した。
「私がやってきたことは一貫している。言いにくいことを言う。隠されていることを明らかにする。そして、大田区民の声を政策にする。それだけです。」
— 2025年 心党大田 設立時の挨拶
行政書士
2011年登録。遺言・相続・会社設立・補助金申請など
社会福祉士
2015年登録。生活相談・福祉サービス調整など
認定経営革新等支援機関
中小企業の補助金申請・経営改善計画支援
東大院 工学修士(都市工学)
都市計画審議会の審議プロセスを研究
NPO法人 Code for OTA
代表理事。大田区のオープンデータ活用を推進
著書
「遺言書作成と相続対策のすべて」「決定版 選挙・立候補マニュアル」
妻と3人の娘。石川町(大田区)在住。「3人の子どもを育てる父親として、この地域を変えたい」——それが政治を志した原点であり、今も変わらない動機です。