福島第1原発 制限区域を視察しました

株式会社Opus さんの企画 藻谷浩介さんと行く福島視察 に参加しまして、原発事故後、初めて福島を訪問しました。

言うまでもなく、藻谷浩介さんは、「デフレの正体」、「里山資本主義」でおなじみの地域研究の第一人者です。
東京大学の先輩であり、金融機関にいて地域をまわられたという経歴にシンパシーをいだきます。
さて行程は、郡山 IN → 川内村 → 富岡町 → 広野町 → いわき OUT
川内村では、いわなの郷にて昼食の後、
映画 家路の舞台となった農地を見学。
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事故後、使われなかった農地を除染し、水路を引き直されています。
早く米を作って食べてもらいたいと農家の方が訴えておられました。
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手付かずになった農地や山は、イノシシに荒らされます。木の根を食べるそうです。
除染関連については、ブログの過去記事「耕地等の除染の現状と課題 ~農学会「放射性物質の除染・汚染水漏洩の現状を問う!」もご参照ください。
このエリアにモニタリングポストがありまして、放射線量は0.1μsv程度。
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富岡町に移動しまして、夜ノ森の桜並木。

藻谷浩介さんと写真におさまりました。
1週間早ければ、満開のソメイヨシノがバックについたのでしょうが、それでも美しい風景です。
ただ、この場所は帰還困難区域の間近な居住制限区域。

放射線量も気になります。
道中ではスマホの位置情報で周辺のモニタリングポストの測定値が容易に知ることができました。

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長時間屋外にいるべきではないので、15分間だけバスの外に出ました。
もちろん、居住している人もいないわけで、桜並木の美しさが寂しさをつのらせます。
桜並木の一部は帰還困難区域につき立ち入ることも出来ません。
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そして、常磐線 富岡駅
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海が近いので、津波で損壊しています。
駅の海側は、かつては住宅地でしたが、跡形もなく流されて、今はフレコンバックが積まれます。
そして、駅の山側は…
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津波や地震の被害がそのままの姿で残されています。駅舎自体もそうです。
震災から3年経って、岩手県や宮城県では復興が進んでいますが、まったく異なる光景です。

原発事故の地域では、被災物件を解体すると、放射性廃棄物となる。
所有者が避難してしまって居ない。そもそも、住民が帰還しない。
といった事情があることでしょう。

最後は、広野町のJヴィレッジ。
今は原発事故処理の中継基地として使われています。
元は、東京電力が地元対策としてサッカー施設を建設して提供したのですが、こうして事故処理のために使うことになったわけです。
ちょうど、福島第1原発から20.5kmのところに位置しており、避難地域とならなかったことも何かの因縁があるのではと説明がありました。
Jヴィレッジの隣には、広野火力発電所がありまして、総出力は440万kw

原発が停止した後に、早急に広野火力発電所を復旧させたことで、2011年夏の電力供給が果たせていることに、留意が必要です。
バスの車窓からの写真ですが、発電所に隣接して、立派な公園があります。

他にも、発電所に向かう道路がきれいに整備されているのが印象的でした。
多大な財政出動をして、福島に発電所を認めさせてきたのでしょう。
そして、福島で暮らす人々は多大な損害を受けた。
大きな流れに流されず、
地域のこれからを守っていく。
そうした、覚悟と見識が地方自治には必要であるとの認識を強くしました。